今回は広島で出土した誉エンジンについての記事です
地中から誉エンジンが見つかる
大和ミュージアムに寄贈された
戦闘機用エンジン「誉」の主要部
太平洋戦争中に旧日本海軍の戦闘機「紫電改」
などに搭載された高性能の国産エンジン「誉」の
主要部が、広島県呉市広黄幡町の米陸軍広弾薬庫の
地中から見つかった。
寄贈を受けた大和ミュージアム(呉市)は
洗浄・保存処理を終え、企画展で公開する。
在日米陸軍基地管理本部によると、
2018年9月11日、広弾薬庫ののり面整備
工事中に、地下約1メートルから掘り出された。
広弾薬庫は戦争末期に誉の量産を図っていた
第11海軍航空廠(しょう)の跡地で、戦後70年余り
、地中で眠っていたとみられる。
同年12月、同管理本部施設局環境部長代理の名義で
寄贈された。
出土品のサイズは、円柱形のクランクケースが
直径約50センチ、回転軸のクランクシャフトが
長さ約90センチ。エンジンの中心部に当たる。
外周に2重星形に計18気筒あったシリンダーの
ピストンへ繋がるロッドや、歯車の一部も付随
企画展「海から空へ 広海軍工廠と航空機」に展示
誉は、終戦まで日本を代表する航空機メーカー
だった中島飛行機が開発。零式艦上戦闘機
などに搭載された14気筒のエンジン「栄」を
18気筒へ強化し、小型ながら出力2千馬力と、
世界水準の高性能を誇った。ゼロ戦の次代の
主力機「紫電改」をはじめ、「流星」「銀河」などの
新鋭機に搭載された/記事 画像共に中国新聞より
この記事について 少し補足したいと思います
"旧日本海軍の戦闘機「紫電改」などに
搭載された高性能の国産エンジン「誉」"
とありますが この表現の中に実は日本軍の
問題(大きく言えば敗因)が含まれています
「誉」はご承知のように 海軍用だけの
発動機ではありません
陸軍と海軍の主力戦闘機に共通して搭載される
ことをコンセプトに開発されたエンジンです
もともとは強力なエンジンを陸海が共に使用する
ことで生産性と保守整備能力を上げることが
開発目的のひとつだったわけです
しかし 前線からの声や陸軍 海軍の縄張り等の
理由から 基は同じエンジンだった誉も陸軍用と
海軍用と共通部が減らされていき 結局は生産数
の低下とパーツなどの煩雑化 ひいては信頼性の
低下まで招いてしまいました
完全な性能で よく整備され良質な燃料さえ
入れれば他国の物に劣らない高性能を発揮した
ことは 戦後の米軍の調査でも証明されています
ところで記事のエンジンは大和ミュージアムに
展示されるそうですが ここは有名なので
別の所を載せてみたいと思います
かつて大阪にあった交通科学博物館にも
ハ-45が展示されていましたが閉館に伴い
静岡理工科大学航空資料館に移されました
ここには 小粒ながら良い展示品があります
誉の他にも初の音速突破機BellX1の改良型
BellX1Aに搭載されたXLR-11-RM-5ロケット
エンジンなど また実際のグライダーから
多数展示されている航空機の模型は地元の
タミヤが寄贈したものとのことです
この誉発動機の開発や生産の話を扱った
過去記事もよければ読んでみてください
★中島飛行機物語について